近年、経営環境の変化に対応する過程で発生した、解雇・退職、
配転、労働条件の引下げなど種々の個月労使紛争が、法定で争わ
れることが増えています。
労務管理を適切に行うための参考として、最近の主な労働関係
判例要旨をご紹介します。
■ 解雇に関する判例
1.奥道後温泉観光バス事件(最一平成15年10月9日判決)
人員整理の必要性を理由として行われた解雇が、解雇権の濫用として
無効とされた例
経営不振による人員整理の必要性があるとして行った解雇について、
松山地裁は、整理解雇の有効性は、@人員削減の必要性、Aその手段
として整理解雇を選択する必要性、B解雇基準そのものとその適用
の合理性及びその手続上の妥当性、C労働者等への誠実な説明の有無
等の諸事情を総合的に判断することが必要であると判示したうえで、
本件については、@人員整理が必要であるとの経営判断自体は一定の
理解ができるものの、A本件解雇は不要人員の削減を目的とするもの
ではなく、賃金カットと原告らを解雇するために行われたと推認でき、
B労働者」への説明が不十分であるとして、解雇権の濫用にあたると
判断したものです。
この点について、高松地裁はこの判決を維持し、最高裁もこれを
支持しました。
2.岡山大学学友会(嘱託員契約解除)事件(最三小平成16年4月20日判決)
学内団体解散に伴う嘱託員の解雇が解雇権の濫用にあたらないとされた例
大学が解散を決定した学内団体(学友会)の嘱託員が解雇された事案
について、大学にはその教育目的からして学生の課外活動を推進する
事業を行う団体等を指導する権限と責務があるとした上で、学友会が
この趣旨に反して運営され、改善されない場合などには、大学が学友
会の解散を決定できるとし、解散に伴う嘱託員の解雇には、相当の
理由があり、解雇権の濫用にはあたらないと判断したものです。l
■ 就業規則に関する判例
3.フジ興産事件(最二小平成15年10月10日判決)
周知されていない就業規則の定めに基づく懲戒は無効とされた例
従業員を懲戒するには就業規則で懲戒の種類と理由を定めておく必要
があり、就業規則に法的拘束力を付与するためには従業員に周知され
ていることが必要であるとして、周知されていない就業規則の定めに
基づく懲戒は無効と判断されたものです。
■ 就業規則の不利益変更に関する判例
4.みちのく銀行事件(最三小平成12年9月7日判決)
就業規則の変更による賃金の減額等が無効とされた例
賃金の減額等を含む賃金制度の改定は、従業員の受ける不利益を緩和
する経過措置もないまま受忍させる相当性もなく、不利益変更に同意
しない者に受忍させることがやむを得ない程の高度の必要性に基づい
た合理的なものではないとして、これを定めた就業規則の変更が無効
とされたものです。
■ 配置転換に関する判例
5.新日本製鉄在籍出向事件(最二小平成15年4月18日判決)
一部業務の他社委託に伴い、個別的な同意を得づに行った在籍出向が
認められた例
在籍出向があり得る旨が就業規則に定められており、同様の規定の
ほか出向中の処遇等について労働協約に定められていた事案について、
在籍出向と転籍との相違は、出向元との労働契約関係が存続している
か否かという点にあり、労働者の個別的な同意がなくても在籍出向を
命じることができると判断されたものです。
また、本件では、@一部業務を委託するとした経営判断が合理性を
欠くものとはいえず、当該業務に従事していた従業員を出向させる必
要があったこと、A出向対象者の人選基準に合理性があり、具体的な
人選についても不当とはいえないことなどから、出向命令は権利の濫
用にあたるとはいえないと判断しています。
■ 労働時間に関する判例
6.三菱重工業長崎造船所事件(最二小平成12年3月9日判決)
作業服の着替え時間が労働時間にあたるとされた例
労働時間とは、労働契約や就業規則の定め如何に拠るのではなく、使
用者の指揮命令下に置かれている時間であるとしたうえで、本件の着
替えの時間は、作業にあたり使用者から作業着・保護具等の装着を義
務づけられ、事業場内で着替えるものであって使用者の指揮命令下に
置かれたものであることから労働時間にあたるとして、当該時間分を
カットした賃金の支払いを命じる原判決を支持したものです。なお、
入浴時間分の賃金の支払いを求めた別訴については、入浴は義務づけ
られておらず、労働時間にはあたらないとして退けられました。
■ 三六協定に関する判例
7.トーコロ事件(最二小平成13年6月22日判決)
不適法な三六協定に基づく残業命令不服従を理由とする解雇が無効と
された例
「過半数労働組合の代表者」でも「従業員の過半数を代表する者」
でもない、役員や従業員で構成される親睦会の代表者との間で締結さ
れた三六協定は、適法なものではないことから、当該協定に基づく残
業命令に従わなかったことを理由とする解雇は無効であるとされました。
■ 過労死に関する判例
8.電通事件(最二小平成12年3月24日判決)
うつ病による自殺の原因は、恒常的な長時間労働にあるとした例
恒常的な長時間労働で健康状態が悪化していることを知りながら、業務
負担を軽減させる措置を講じなかったことには過失があり損害を賠償
すべきと命じたものです。なお、本件は、本人の性格や業務内容、遺族
の態様を勘案して損害賠償額を軽減したことは法令解釈を誤ったものと
して東京高裁に差し戻したところ、東京高裁において、1億6800万円の
支払いと謝罪を内容とする和解が成立しました。
■ 有期労働契約に関する判例
9.日立メディコ事件(最一小昭和61年12月4日判決)
反復更新された有期労働契約に解雇法理の類推適用を認めるが、
雇止めがやむを得ないとされた例
2か月の契約が5回更新されてきた臨時工との有期労働契約が雇止めと
なった事案。最高裁は、本件労働契約の期間の定めが民法第90条に違反
するものということはできず、また、5回にわたる更新によって、本件
労働契約が期間の定めのない契約に転化したり、期間の定めのない労働
契約が存在する場合と実質的に異ならないとはいえないとしました。
しかし、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたものであり、
現に5回にわたり更新せれていることから、「このような労働者を契約
期間満了によって雇止めするに当たっては、解雇に関する法理が類推
される」と判示しました。本件については、臨時工の雇止めと終身雇用
を前提とした本工の解雇ではおのずから合理的な差異があることなど
から、人員削減による当該臨時工の雇止めはやむを得ないと判断しました。
■ 労働者派遣に関する判例
10.伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件
(松山地裁平成15年5月22日判決)
登録型派遣の雇止めにも解雇法理が類推適用されるが、雇止めに
合理的な理由があるとされた例
登録型派遣として雇用されていた派遣労働者を派遣元が雇止めにした
事案で、有期労働契約を反復更新してあたかも期間の定めのない契約
と実質的に異ならない状態で存在している場合、あるいは期間満了後
も使用者が雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められ
る場合には、解雇法理が類推適用され、やむを得ないといえる合理的
な理由がない限り許されないとされ、これは登録型派遣の場合も同様
であると判示されました。しかし、派遣法の常用代替防止の趣旨から
は、派遣労働者の長期間の継続雇用への期待は合理性がなく、派遣元
と派遣先との派遣契約が期間満了により終了した事情が当該雇用契約
が終了してもやむを得ない合理的な理由に当たるとして、本件雇止め
は有効とされました。
■ 職務発明に関する判例
11.オリンパス光学工業事件(最三小平成15年4月22日判決)
職務上の発明に特許法に基づく「相当の対価」を請求することが
認められた例
従業員が職務上発明したものについて、特許を受ける権利を会社に承
継させる場合、その意思の有無にかかわらず、勤務規則等であらかじ
め、承継の対価を支払うことや対価の額、支払時期等を定めることが
できるが、職務発明や特許権の承継が具体化する以前に対価の額を確
定的に定めることはできないとしたうえ、本件のように勤務規則等に
対価に関する条項が定められていたとしても、特許法35条4項による
「相当の対価」の額に満たないときは、従業員は、同条3項の規定に
より、その不足額に相当する対価の支払いを求めることができると判
断されました。
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